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ごめんな


 派遣労働者となった僕の食生活は実に質素なものだった。朝は、食パン2枚に百円均一ショップで買った紅茶。昼は工場の食堂で定食。夜は、インスタントラーメン。卵入りは、豪華なものになっていた。
 派遣会社には、前払いという制度があった。自分が働いた日数に応じて、毎週給料を前払いしてくれるというものだった。1日4000円×稼動日数分。僕は、毎週2万円ずつ前払いを利用した。そのうちの1万円は、田舎の子どもたちに送った。当然、給料日に手にする給料は少なくなる。だからまた前払いを利用する。これが派遣労働者が、貧困という蟻地獄に陥るシステムである。派遣労働者は、派遣会社にしがみついていかなければならない罠のようなものである。このまま僕は這い上がることができないのか?いつもそのような絶望感でいっぱいになっていった。
 少しでも子どもたちにお金を送ってやりたい。そんな思いから、僕はどんどん生活費を切り詰めていった。1日の支出目標は、500円だった。
 近所のスーパーに行くと、惣菜コーナーに500円のカツ丼があった。食べたかった。心底食べたかった。でもそれに手をつけると、1日の予算がそれだけで破綻してしまう。僕は、思いっきり生唾を飲んで食べたつもりと自分に言い聞かせた。
 試食デビューも果たした。栄養の摂取と空腹を満たすことを目的にスーパに試食品が陳列される時間帯を選んで出かけていった。まごまごしていると百戦錬磨のライバルたちに負けてしまうので、つまよう枝で一気に串刺しにして食べる術も取得した。腹は満たされるものの心は満たされなかった。
 ダブルワークも始めた。僕が契約している派遣会社の系列会社に登録してスポット派遣に出かけた。1回目は、事務所待機。突発で欠員が出たときに、仕事に出かけるというものだった。事務所には、僕の他に女性が1名いた。欠員が生じ、僕は、引越しの仕事に行くことを命ぜられた。現場に行くと、先方は依頼していないということだった。僕はその日は何もせずに半日分の日当をもらった。2度目は、マンション建設現場への派遣だった。現場近くのコンビニで、担当者と待ち合わせた。彼は、僕に「派遣だとは言わないでください。」と真剣に言ってきた。僕は、数分後に全てが理解できた。僕は更に別な会社に派遣されていたのだ。社会保険労務士を目指して勉強を始めていた僕にとって、このからくりの意味することは、そう難しくはなかった。でも多くの派遣労働者は、言われるがままに働いているのだろう。3回目は、運転助手。配達の助手だった。その運転者の一言が脳裏を離れない。「お宅らは、気軽な気持ちできているのだろうが、こっちは、派遣会社に1万5千円も払っているんだ。しっかりやってくれよ。」僕のその日の日当は、7千円。残りはどこにいったのだろう。
 その日のダブルワークは、午後2時に終わった。日当は、1日分出るのでありがたかった。帰路についた時、ファミリーレストランの側を通った。窓越しに、世界中の幸せを全て浴びているかのような家族連れの姿が見え
た。僕は、田舎に残してきた3人の子どものことを思い出した。
 今が一番家族の思い出が必要な子どもたち。でも僕は、何もしてやれない。晴れ渡った空を見上げ、「ごめんな。ごめんな。」僕は、何度も何度も、子どもたちに謝った。空に映し出された子どもたちの顔は、3人とも
満面の笑みを浮かべていた。
 「ごめんな。」その後子どもたちを思い出した時、この言葉は僕の口癖になっていった。
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2008年02月12日 小谷物語 トラックバック:0 コメント:0












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