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再び東京へ・・・派遣労働者として

掲示板の方に連載中のフルキャストセントラル委員長・小谷氏の連載小説をこちらにも載せていこうと思います。

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砂をかむような思いでしかない東京に、背を向けるように郷里に戻った23年前。もう二度と戻って来まいと誓ったはずなのに、僕は再びその一歩を踏み入れてしまった。しかも、格差社会が騒がれている真っ只中に、その象徴とも揶揄されている派遣社員として。中央線の豊田駅付近は、素晴らしく晴れ渡っていた。前日宮城の小さな田舎町は大雪に見舞われ、遅れて仕事先を失っては大変と思い、約束の時間より2時間も前に到着していた。手にしているのは、求人広告のとおりバック一つと子どもたちとの思い出がぎっしり詰まったノートパソコン1台。財布の中は1万円。これが僕の2度目の東京生活の始まりだった。2006年1月23日。派遣会社の営業担当に連絡を入れた。「もう着きましたか。これから向かいますから。」彼が来たのは、それから3時間もたってからだった。元来短気な僕だが、仕事にありつくため、じっと耐えて待った。豊田駅付近の小さなスクランブル交差点を何度も行き来した。彼は何事もなかったように迎えに来た。ワゴン車の中には、北海道出身という派遣労働者が一人乗っていた。僕たちを乗せたワゴン車は、近くの自動車工場に向かった。そこに入っていくと、僕と同じように連れてこられた派遣労働者が、30名近くいた。食堂に通され、堂々と事前面接が行われた。何も知らない派遣労働者は、素直に応じていた。一人一人が、アフリカから連れてこられた奴隷のように見えた。面接官の手には、僕が派遣会社に提出した履歴書がしっかりと握り締められていた。これが世の中の動きなのか?田舎でのんびり過ごしてきた僕にとって、そう思って妥協するしかなかった。フローリングのワンルームを想像していた寮に連れて行かれた。なんとも小汚い団地であった。部屋番号は201。中に入ると、同じ東北出身という男が、風呂からパンツ一枚の姿で現れた。この男との出会いが、将来僕に生きがいを与えてくれるとは、その時は夢にも思わなかった。
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2008年02月08日 小谷物語 トラックバック:0 コメント:1

読ませますね、小谷物語。
続きも期待しております。

2008年02月09日 土屋トカチ URL 編集












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